イルカに乗った人事マン

人は輝くSUN社員 ~舞台裏の熱い人事メモです!

最近の若者は・・・謙虚な挑戦者たちだ!

10代~20代の若者を取り上げて、いろいろと批判する
大人たちがいる。
未熟さを取り上げるまえに、あなたは本当に「成熟した」大人に
なっているのかと言いたいところです。

このソチ・オリンピックでの、メダル候補の選手たちが、
あれなんで?どうしたの?という、意外な結末が続く中で
この2人の若者は、おすましの顔で、どでかいことをやって
しまいました。


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とくに、意気込んでもいない、試合前にも、試合あとにも
メダル獲得が決まっても、いたって 冷静な表情をしている。

「気合や 根性」を 前面に出して、挑んでいくスタイルではない
世界を主戦場として戦うことを、小学生からくり返してきた。

中途半端な、思いで やっていけるはずもなく

時折、口にする言葉「いつもどおりに楽しんでやれたらいい」

そして、試合後も「楽しめたから良かった」


さりげない表現の奥行きは とてつもなく深くて、厳しいものある。
ハーフパイプにしても、モーグルにしても、練習段階から、ケガと表裏一体である。
手首や、膝とか、油断すると、転倒するのは当たり前であって
それでも、転倒するにもテクニックが必要となる。
最後の1秒まで、神経を使うものです。

そのシーズンを、まるまる無駄に終らせることになるから。
もちろん、日常生活も激変して、リハビリ・トレーニングにも
強烈な痛みをを強いられてゆく。


そういう、一般人には想像できない環境下に置かれても
逃げないで、あきらめないで、夢を追っかけて行く覚悟ができている。


若手のトップアスリートたちに、共通する部分が見つかってきた

1)謙虚な 闘争心を燃やす挑戦者

2)理知的で、独創性の高い実践者

3)境界なき 高度な意思伝達者


ジャンプの高梨沙羅選手、スピードスケートの高木美帆選手など

さらには、
テニスの錦織圭選手、ゴルフの松山選手、体操の内村、白井両選手とかも。

いつも、表情は淡々としているように見える。

きっと、自分の取るべき方向や方法を選ぶ感覚が卓越している。

周りの環境に慣れるのが早い、同時に必要なところは「切り抜く」
敏感な感性を持っている。
まさに、「カットアンドペースト」の能力が高くて、自分で吸収していく。
そして、海外に乗り込んでいっても、その気負いがなく
自身のコミュニケーター(意志表現)として、言葉を超える競技スタイルで
アピールしていく能力が備わっている。

もっとも、こういう天性の才能を持ち合わせた人材は稀なのだろうが
わたしたちの職場にも、若手の社員たちがいるわけで
ただ、表面的な表情や、ちょっとした態度で、手応えが無いからって、
先輩や上司たちが「若手が育たない」と、決めつけてはいけない

彼らなりの、価値観をもとに、鋭い選択眼で、その職場や先輩社員を
見つめていることを忘れてはいけない。

本当に、自分が成長できる相手や、環境が見つかった場合には
みるみる、努力を惜しまずに、急速に成長していくものなのです。

「未熟な若手を批判する前に、上司のあなたは”成長・進行形”なのですか?」

体内を循環するのに似ている「情報の価値」

コミュニケーションは、人体でいえば神経系統だから、
この感度が鈍かったり、圧迫されていると組織体として機能しないね。


コミュニケーションの本質を理解したうえで、
共通言語(経営理念や行動指針、経営方針や目標値)を定め、
その具体的な行動を明示すれば、コミュニケーションはうまくいく。

コミュニケーションは、
受け手に受け入れられて、はじめて成立する。
だから、受け手にわかる言葉で話すことが大事だと思うんです。

 【受け手の期待】

  人は期待することしか受け入れない。
  日頃から、
  部下に顧客や業績に関心を持ってもらえるように働きかけること。

 【受け手への要求】

  コミュニケーションは、
  受け手に「何かをしてもらいたい」から発するもの。
  だから、「わかってくれるだろう」などの
  あいまいさは排除すること。確実と確認がキーワード。

 【コミュニケーションと情報】

  コミュニケーションは主観的なもの。
  一方の情報は客観的であればあるほど有効になる。
  二つは別ものだが、前提となる情報を共有できなければ、
  コミュニケーションは成立しない。


そして視点を変えてみて 大切なことを再確認するといいかもです。

コニュニケーションは、そもそもインフォーマルなものであって
意図的に、コミュニケーション能力を高める研修や施策は
たいした効果は期待できないであろう。

いや、それだけに依存すると、会社や人事部の「自己満足」になってしまう場合がある。

コニュニケーションは、自然発生的に活性化するものだから、
無闇にかき混ぜながら、「もう煮えたかな」なんて、ニタついているものでもない。

大切なのことは、「コニュニケーションとインフォメーションを混同しないこと」
何を、どこで、いつに必要としている「情報」なのか、そこをとことん一致
させることが必要である。

上記にある、送り手と受け手の認識を合致させる必要がある。

そして、【情報】というものの定義付けは、はっきりとさせないといけない。
種類を分類するだけでも、いくつかあがってくる。

・データは、事実であって、私情を添えない。
・数値は、正確で多面的で集計されてないと意味が無い
・知識は、正当性があって、それは論理的であるべき
・知恵は、個人の経験を含めて、体験から得たノウハウやコツが含まれている
・感情は、できる限り飾り気のない、本音部分が伝わるといい

そうこうして、ながめていくと、気づく人は気づくであろう。
コニュニケーションを活性化するという行為そのものは
ナレッジマネジメント」の領域に、かなり重なってくるということ。

無機質の情報に、いかに人間的な体温を通わせるか
血液のように体内(組織内)を循環させる必要があるということです。

無理矢理に心臓の機能だけを高めても、動脈が硬化していたら
とんでもないことになることは予想ができます。

何を、どう加工して、どの程度の分量を、届けるようにするか
その事前準備がとても大切になってくると思っています。

詰まるところ、理屈じゃないんだよね。
「体温」なんです。
「熱っぽい血液」の流れが、絶え間なく循環しているかって、
そこのところなんです。

外来種「目標管理」は、いい加減でいい。

  今から10数年前に、大量に国外から持ち込まれた「外来種

 いまだに、その繁殖は維持している様子である。

 なかなか、健全に、その土地で受け入れられていないのも真実。

 今日は、その「外来種:目標管理制度MBO」に視点を当ててみよう。


 いちど目標を決めたのなら、それを達成することが

 華やか評価につながるように思われているが、果たしてそうだろうか?


  少しずつ、目標達成の階段を昇ってきたら・・・

 いったん、昇ることが出来た階段の位置は、

 それがどんなに苦しくて、困難な過程を経てきても

 また、再現できるだろうという前提に置かれてしまう。


 その会社からの期待値や責務にちかいものは、

 毎回、評価期間において、本人を苦しめることになりかねない。

 いちど昇った階段は、自分から降りてもいけないし、会社から

 数字を預かった上司においても、過剰な期待をもとに

 部署目標を上乗せしているから、過去実績は崩してもらうわけにいかない。



 そうして、部下の過去の貢献は、本人も上司も両者を苦しめていく

 部下が弱音を吐いて、ギブアップするようならば、上司がそれを

 肩代わりして、期限までに躍起になって 駆けまわる。

 プレイングマネージャーの”プレイ”の部分だけを偏重するため

 部署のコントロールや指揮命令までが、崩れていくことになる。



 したがって、目標管理は 適度な背伸び(ストレッチ)の設定をして

 ぎりぎり、未達成のほうがゆるやかで、確実な成長の可能性がもてる。

 毎期ごとに、目標設定がくり上がっていくのは、超一流の上位10%の

 アスリート人材だけに適合すると思った方がいい。



 「夢を追いかける」のは素晴らしいこと。そんな人生で有り続けたい。

 だが、「夢に固執するのは不幸な人生」となりかねない、恐れがある。

 本人の許容量を超えて、身の程知らずの期待を抱いて

 時間もお金も、労力もそこへ注ぎ込んでしまう。

 ごくごく一部の成功者は「夢をもって。自分を信じれば、必ず叶う」

 この幻想に「囚われて(とらわれて)」しまうことで、家族や身内までが

 大きな犠牲となって、巻き込まれてしまうことだってある。

 ほどほどの「いい加減」がいいんです。

 ほどほどの「いい下限」があるといいんです。

 限界をめがけて、突っ走ることは、瞬間速度で優るだけであって

 持続的な 高値安定の実績にはつながらないということです。

 個人がそうであるから、会社組織だって全く同じですよね。